観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

尊厳の時代

初ブログです。どうぞよろしくお願いします。
ブログを始めるにあたり、まず最初に時代的キーワードとしてあげたいのは、やっぱりこれ。「尊厳」です。

昨年の12月15日にはDream和Project主催の「尊厳宣言」を行い、今年の9月には、大川知之さんと「尊厳シティ」の未来構想をまとめた共著を出版しました。
大川さんは、尊厳シティ福岡!を世に問うべく、言行一致で11月の福岡市長選に立候補されました。
本の中でも何度も出てきますが、尊厳人間、尊厳関係、尊厳シティ、尊厳社会、尊厳時代…。
尊厳、尊厳、尊厳。とにかく「尊厳」押しです。

私達がなんでこんなに「尊厳」を語るのか、それにはもちろん理由があります。

ズバリ言えば、今の時代が、全く気づかないうちにあらゆる「尊厳」が破壊されている、「尊厳の危機」の時代だからです。

国語辞書を引けば、「尊厳」とは、
「とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。」とあります。

観術が言う「尊厳」には、「絶対尊厳」の意味あいがあるのでもっと定義が深まっていきますが、それはまたおいおい書いて行きます。

改めて自分のこと、周りの人や日々の出来事を見渡してみたときに、「尊厳」は大切にされ、守られていると言えるでしょうか。

家庭で、職場で、学校で。子育てで、就職で、介護で。
金融資本主義社会で、市場原理主義で、強者中心の自由民主主義で、1%と99%の強烈な格差支配構造の中で。
情報科学技術が爆発的に進化し、感情認識ロボットやアンドロイドが一般商品化される時代の流れの中で。
生態系が破壊され、食、農、薬、医のあらゆる領域がマネーの論理に侵される中で。
生きること、死ぬことの意味も分からず、ただ延命させられる人間観、生命観の中で。

人間の尊厳、生命の尊厳、あらゆる存在の尊厳は、守られているのでしょうか。

全ての存在には本来、何にも支配されず、服従も依存もせず、影響も受けず、侵されまいとする、魂深いところからの「尊厳への意志」があります。

その深い意志をスイッチオンしないと、今目の前にある「尊厳の危機」に気づかないのです。
なぜなら、どうせこんなもんだと思って、無意識であきらめ、ある意味マヒしてしまっているからです。
でも、本当にそうでしょうか。
本当にそれでいいのでしょうか。
実は、心の奥底で、叫びたいのではないでしょうか。

「人間、こんなもんじゃない!!!!!!!」と。

その尊厳の叫びが、人間本来の尊厳が輝く、尊厳社会に向けた偉大な一歩になります。

ですので、しばらく「尊厳」をキーワードに、いろんな角度からブログを書いてみようと思います。
軽いタッチの文章から重量感のあるものまで、日々つれづれなるままに綴っていこうと思いますので、末永くお付き合いいただければ大変幸いです。