観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

進化する革命 〜パリ、香港、そして福岡へ〜

今日は長文です。

 

パリ、香港、そして福岡へ。

三つの都市を結ぶ、革命の進化の意志。

これは、いささか牽強付会に聞こえるかもしれません。

しかし紛れもなく、現在進行中の歴史的革新につながる話です。

 

全フランス、全ヨーロッパを揺るがすフランス革命震源地となった革命の都市、1789年のパリ。

21世紀の新帝国主義とも評されるほどに急速にその存在感を誇示する大陸中国の喉元に、「民主化」という鋭い刃を突きつけた、アジアの大都市、香港。

そして、明治維新と敗戦という二度の西洋の衝撃に耐え、自由民主主義国家として成熟した先進国•日本の中で、新時代の地殻変動を起こそうとしている福岡。

 

パリは、フランスという国家の「旧体制」に対して、明確な革命の意志を示し、「近代」を確立する大革命を成し遂げる中心都市でした。

その光と影は、昨日ご紹介した近著の3章、4章で詳述しています。

「自由」と「平等」を掲げたフランス革命以後の歴史において、政治体制としては、自由主義社会主義、という対称性が生まれました。

また、社会経済体制という側面に比重を置くならば、資本主義と共産主義、という対称性が生まれました。

 

近代の世界の政治は、西洋「近代」が開いたこの政治経済の大きな枠組みの間で揺れ動き、第二次大戦後は、冷戦構造として全世界を二分しました。

 

アジアは19世紀に、力を持つ者の競争原理である植民地帝国主義の脅威にさらされ、中国は1842年アヘン戦争でイギリスに敗北、以降香港は155年の長きに渡り、ほぼイギリスの支配下に置かれました。

日本は1868年に明治維新によって西洋の植民地主義に呑み込まれる危機を脱して、近代国家への道を邁進しました。

明治憲法の下で、民主主義国家として制限選挙制をとり、法•政治体制を整備しましたが、ロシアで起こった世界共産革命の動きは、日本社会にも次第に浸透していきました。

中国は三民主義を唱えた孫文辛亥革命により社会体制が大きく変化しましたが、熾烈な権力争いと大陸動乱の果てに、毛沢東共産党一党独裁体制を確立しました。

大きく歴史を俯瞰すれば、フランス革命時の最左翼思想が、全中国大陸を覆うことに勝利したとも言えます。

 

そして中国は、文化大革命と鄧小平の改革開放路線を経て、今日、世界第二位の経済大国へと躍り出ました。様々な国内の不安定要因と問題は抱えながらも、その勢いはまだまだ続くでしょう。

その中国の中に、香港という異質な都市が返還されたのが、1997年でした。

強固な社会主義国家の中にあって、一国二制度という根本矛盾を抱えたまま17年の歳月が過ぎ、その間、世界は急速な情報社会へと変貌を遂げました。

 

支配権力による教育とメディアの統制•コントロールが旧来のようには通用しなくなった現代にあって、香港は、「香港の尊厳」の危機に対して、「自由」「民主化」を求める非暴力運動、「傘革命」を敢然と実行に移しました。

 

世界第三の金融都市とも呼ばれる世界都市•香港の争乱は、実利を旨とする国内外の経済人や投資家からすれば、歓迎できる出来事ではありません。

一方、実利よりは理念、理想、哲学を重視する人々からは、民主化デモが引き起こされました。

 

これは、終局的には、香港という都市がどのような都市ビジョン、都市アイデンティティを持つのかという問題であり、そして中国という国家が、それにどのように向き合うのかという問題になります。

端的に言えば、「中国が香港化するのか、香港が中国化するのか」という対称性の中で、時代の意志がどちらに動くのかということになっていきます。

 

経済、金融、政治、歴史、あらゆる面において大きな存在感を持つ香港という都市が、中国を変える力になるのか、あるいは逆に中国に飲み込まれて行くのか、という今後の動向は、世界にとって大きな意味をもつでしょう。

 

現実的には、すぐに北京の共産党政権が揺れ動くことにはならないとは思いますが、「自由」を求める人々の意志は、おそらくいつの日か、一党独裁という「旧体制」を覆し、民主化への道を開いていくのが歴史の大勢だと思います。

 

しかし、遠い未来において中国の政治体制が変革したそのきっかけが香港の「傘革命」だったとしても、そこで選択される政治体制はあくまでも、フランス革命において提示された、「近代」の枠組みの中にとどまったものでしかありません。

 

翻って、日本を考えてみましょう。

戦前から共産主義勢力、社会主義勢力は深く日本社会に浸透していきましたし、戦後においてもGHQ体制の中で、多くの左派シンパがいたことは明らかにされている事実です。

少なくとも55年体制以降は、日本も保守と革新の二大政治理念の対称構造があり、その中でも自民党政権が、自由民主主義を標榜する長期的な安定政権の責任を担ってきました。

 

冷戦崩壊後、1993年以降はその構造が崩れ、いろんな政党が生まれては消えていきましたが、2014年現在、自民党は再び安定的な政権与党となっています。

現実的に見て、今から日本の中で旧社会党共産党のような左派政党が国会の過半数を締めることは考えられません。

維新の党を中心に、各党がそれぞれの存在意義を打ち立て、主張していますが、民主党の凋落以降、日本の政治の構造には、どうも二大政党制の兆しがみえてきません。

それは、次のような理由によるのではないでしょうか。

個別の政策においてはもちろん各党の独自色があるにせよ、より深く本質的な理念、理想、哲学において、自民党と対称をなす軸が生まれてこないからです。

 

左派の思想が力を失い、自由民主主義という半世紀来の「旧体制」に挑戦する、新たなメタ哲学が生まれていないことは、政治の活力を堕落させるものだと思います。

 

良い悪いの判断基準を脇においておけば、香港で起こっている革命的な運動は、「旧体制」に強烈な緊張感を与えたことでしょう。

その緊張感は人々の問題意識を駆り立て、新しい未来を創る原動力になります。

そのようにして、いつの世も社会は大きく変化し、前進してきました。

 

香港が中国に突きつけたように、今、日本で、自民党に象徴される「国家」と対称性をなす、新時代創造の挑戦をする「都市」が必要です。

それはもちろん、フランス革命や香港民主化デモのような、血の革命、暴力革命、社会騒乱の形態をとるものではなく、民主主義国家らしく、品格と秩序を持って、正当な選挙によって選択されるべきものです。

民主主義が一段階成熟した先進国•日本が、国家として次のステージへの政治の成長を遂げることができるように、新しい方向性と代案を提示する、革新勢力が必要でしょう。

 

歴史の流れを大局的に、かつ象徴的に捉えれば、21世紀の新たな政治秩序の方向性の位置づけとしては、自民党を中心として、他の野党もすべてまとめて、「旧体制」に属する政治勢力だと思います。

なぜなら、本来政治の根幹とは「人間とは何なのか」という人間観に根ざしているものであり、その人間観そのものが、壮大なパラダイム転換を迎えているのが今の時代だからです。

であれば、その新たな人間観に立脚した新しい政治のあり方が問われなければいけません。

 

これまでの政治では、人間ひとり一人が、「自由」「平等」「権利」といったものを享受できるべきであるという人間観のもと、多様な理念や体制が構築されてきました。

 

しかし今の時代は、そもそもの「人間」の定義自体が、旧い常識では考えられないような飛躍的進化をとげているのです。

にもかかわらず、今の政治の動きは、既に起こりつつあるその人間の意識の進化の世界的なうねりに、ついて来れていません。

そこにこそ、日本の政治の問題の本質があるのです。

 

21世紀は間違いなく、身体だけが自分であるという脳の大いなる錯覚から目覚め、ワンネスが当たり前の時代、宗教的な神の概念や科学的な力の概念を越えるのが当たり前の認識OSの進化の時代に入っています。

 

その人類史的な黎明のときの中で、新たに再定義された人間観の中核をなす啓蒙哲学が、「尊厳」なのです。

これを中心理念においた尊厳民主主義は、自由民主主義との対称をなす政治理念として、新しい時代の政治のあり方を議論するための試金石になると思います。

 

これまでのような対立、闘争の政治はもう終わっていかなければなりません。批判し合う政治から、活かし合う政治へと進化しなけばなりません。

調和と共創の政治文化に向けて、自由民主主義が果たした歴史の役割を包み越えていく道が、尊厳民主主義の道です。

 

それは、パリから香港へと連なる西洋「近代」の革命の理念のさらに先を開く、日本発の「現代性」を持った、福岡発の、尊厳の革命によって始まります。

その未来構想のシンボルこそが尊厳シティであり、「国家」の「旧体制」を刷新させる挑戦者として、次世代都市発展パラダイムの先駆けとして、福岡という「都市」が挑戦しなければならないことなのです。

 

福岡が、「旧体制」にとどまるのか、世界の目を引く新時代を開拓するのか。

その地殻変動は、間違いなく、既に力強く動き始めています。

尊厳シティ福岡、その歴史的、時代的意義を感じながら、福岡市長選に取り組んでいこうと思います。

 

筆が走ってしまいレポート並みの長文になりましたが、最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。

たまにはこういう文章にもお付き合いいただけると嬉しいです。