観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

「インターステラー」が問いかける、21世紀の認識革命の必要性。

 映画「インターステラー」が、私たちに問いかけるもの。

 

21世紀の人間のあり方を考えさせてくれる素晴らしい映画だと思いますので、私なりにいくつか、ポイントを考えてみたいと思います。

 

キーワードになるのは、人間のものの見方、認識方式の大転換である、「認識革命」です。あるいは、より一般的な表現としての「教育革命」でもよいです。

 

一昨日と先一昨日のブログの内容の続き、という流れになりますね。

 

私が思う「認識革命」の必要性は、大きく分けると二つあります。

 

ひとつは、私たち人間がこの世界を認識する認識方式そのものの革命。

もうひとつはそこから派生して、近代科学の認識方式、世界観の革命です。

 

今日は、ひとつめの方をメインにいってみましょう。

 

映画の内容をモチーフに考えてみると、「インターステラー」の時代設定は、近未来の地球です。

 

軍隊がなく、戦争もなくなったけれど、地球環境の破壊と重力異常によって、人類は滅亡の危機にさらされています。

 

映画の中では、環境破壊、植物の死滅、食料危機、健康被害、そして酸素の消失による人類種の死滅、という要素が描かれています。

 

映画の日本版ポスターのキャッチコピーには、

 

「人類は滅亡するために、生まれたわけではない。」

 

とあります。

 

単純に考えて、もし人類が滅亡するとしたら、その可能性は大きく二つです。

 

一つは、人間対人間の殺し合いによる滅亡。

もう一つが、人間に対する自然界の作用による滅亡です。

 

20世紀の冷戦時代などは、核戦争による人類滅亡などが喧伝されたりしましたが、人類はどうやら、軍事戦争によってお互いが滅亡するほど愚かではないようだということで、20世紀は過ぎ去りました。

 

もちろんまだまだ世界中で戦争、紛争、テロなどの争いは絶えませんが、人間同士による滅亡の可能性はなさそうです。

 

もっとも現在は戦争のステージそのものが変わってしまい、金融戦争、情報戦争、種子の支配や食物、薬、身体に有害な様々な作用物による、見えない戦争と支配が拡大している問題に変容してしまっています。

 

ともあれ作中では、各国は軍隊をもう解散し、戦争で殺し合う時代は既に過ぎています。

 

それで人類が直面しているのが、二つ目の、人間に対する自然界の作用による滅亡です。

 

数十億年の歳月をかけてこの地球上で多様な生命種を育んできた母なる地球自体が、人類という種が存在し続けることをもはや許容できなくなっていると。

 

現実的にも、環境破壊や人口爆発による食料危機、大規模自然災害や放射能汚染の問題など、自然界の作用によって人類種の存続が脅かされている危機が進行している現状があると思います。

 

もっとも、その危機を作り出した張本人は人間です。

だから、酷な言い方をすればそれは自業自得とも言えますが、そういうシニカルな考え方では未来への発展性がありません。

 

そうなると導かれる答えは、この滅亡の危機を乗り越えるため、「人類は、変わらなければならない。」ということでしょう。

 

では、何をどのように変えて行けばいいのでしょうか。問題はそこにあります。

 

映画のストーリーをそのままに捉えれば、重力の秘密、五次元の秘密、愛の秘密の「究極」に到達することで、人類は地球の外へと、新たな安息の地を開拓していきます。

 

作中でマン博士が象徴的に語るように、死の絶望に際して、人間は奥深くから湧き出る生存本能によって、「生きる意思」に突き動かされます。

 

そして、最後には宇宙ステーションへの移住、そして他の惑星への移住を成功させる未来を暗示して、映画は終わります。

 

これはこれでひとつのハッピーエンドなのかもしれませんが、実は問題が残ります。

 

それは、地球自体は滅びてしまったであろうということ。

もうひとつは、また人類は同じように、次の星、また次の星と、その星の生態系自体を搾取しながら、星を「使い捨て」していく可能性もあるということ。

 

もちろんあくまで映画のストーリーではありますが、現実的に私たちが汲み取るべき問題意識としても、大切なテーマではないでしょうか。

 

象徴的な話ですが、地球という惑星から他の惑星に移住するという「存在の変化」によって人類の希望を開こうとする発想と、その先の未来には、限界があることを示唆しているとも言えます。

 

例えば、マン博士やブランド教授、そして科学者が探究し、現実化しようとした人類の変化の「方向性」はそういうものでした。

 

彼らは、現実の「存在」に対応したり変化させることで、問題解決をしようとします。

 

しかし、作中で実際に人類を救済したのは、マン博士やブランド教授ではありません。

主人公のクーパーです。

 

では主人公のクーパーが象徴するものは何かというと、この前のブログにも書いた通り、ブラックホールを通過して五次元そのものになるという、「存在」としての「死」です。

 

そしてまた、五次元世界からの重力作用とワームホールの働きにより、土星の軌道周辺に戻ってきて救出され、最後に宇宙ステーションでマーフとの再会を果たしています。

 

つまり、クーパーは「存在」として一度死に、そして宇宙の中に戻ってきて、人類のステージが変わった世界へと再び「出会った」のだ、と整理できると思います。

 

五次元の世界は、いうなれば宇宙の裏、宇宙の外になります。

そこは、「存在」の次元の世界とは異質な、「非存在」の異次元の世界です。

 

「存在」の世界を一度ゼロ化して、五次元の「非存在」の世界にほどけ、そこを通過して戻ってくることで、「存在」の世界の問題解決をしたのがクーパーです。

 

簡単な対称性で整理すれば、

 

「存在」の次元で問題解決をしようとする科学者のアプローチの限界、

「非存在」の次元を取り入れて問題解決を果たしたクーパーのアプローチの成功。

 

こういう図式になります。

 

つまり、人類が今の時代の危機を解決して次のステージへと進むために必要なのは、「存在」に強烈に固定されたものの見方、認識方式、観点、を改め、「存在」の外の次元を取り入れたものの見方、認識方式、観点へと、次元を上昇させること。

 

それが、観点の次元上昇、認識革命につながります。

 

シンプルに言えば、人類が向かうべき変化の方向性は、「存在」にとらわれない認識の次元に進化すること。

 

映画ではそれを、五次元、重力の秘密、愛、というキーワードで表していますが、ここにさらに具体的な明確さが必要です。

そこが、観術の核心価値に直結するポイントです。

 

途中ですが、長くなりそうなのでひとまず今日はこの辺で。

 

なんだかやたらと理屈っぽいブログだなあと思う方もあるかもしれませんが、明日もお付き合い頂けたら幸いでございます。

 

今日も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました! 

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