観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

Michael Barber(マイケル•バーバー)氏の「40年ギャップ説」に思うこと 〜その2〜

2015年生まれの子供の人生を考えてみましょう。

 

生まれた時から、身の回りにモノも食べ物もいくらでも溢れています。

 

家にはパソコンがあり、スマートタブレットがあり、スマートフォンに幼児の頃から触れることができます。

 

自分の姿をおさめた写真や動画をその場ですぐに見ることができ、ディスプレイごしに人と人が会話している姿を見るのも日常の光景です。

 

地球のどこでもwifiがつながる所に住む人とはいつでも顔をみながら話ができますから、時間、空間の障壁はもはやなくなっています。

 

数年のうちには、同時通訳のアプリも高度な質のものが当たり前のように出回ってくるでしょう。

 

もちろん自分自身が他言語を扱えるにこしたことはありませんが、言語の障壁も、しだいに消失していくようなります。

 

学校教育の現場にもタブレットが導入され、分厚い辞書を引くことなどありません。

 

グーグルで検索するか、siriのような音声認識機能をもった検索サービスに直接聞けば、画面上か音声でレスポンスがくるようになります。

 

ネット上には情報が溢れ帰り、何かを学ぶに際しても、動画上で様々な人が独自の内容を発信しているので、学校での画一的な教え方だけでは物足りなくなるかもしれません。

 

ラインでグループを組んで交流するのは既に日常化していますし、自分の好きなアプリケーションをダウンロードして、スマホを駆使してお互い遊び、学ぶようになります。

 

さらにはロボットが家庭やお店にいるのが何の違和感もなく当然のことになっていて、ロボットと会話すること、遊ぶことなども日々の生活のありふれたひとコマです。

 

ロボットアプリが進化すれば、英会話などさまざまな学びも、ロボットを相手に進むようになるかもしれません。

 

ロボットは感情的になって怒ったり殴ってきたりしませんが、自分の回りの人間は感情的に騒ぎ立てたり、お互いに傷つけ合ったりしています。

 

進化して行くロボットに何かを聞けば、ビッグデータの情報ベースから正確に検索し、そして感情の共有までも豊かに伴いながら、なんでも自在に答えを出してくれます。

 

人間に聞くよりも、遥かに正確で、遠慮も気兼ねもいりません。ユーモアもあります。ストレスフリーの楽しいコミュニケーション相手です。

 

そんな生活の中で成長し、成人するときは2035年。

 

すでに、20年前に人間が取り組んでいた仕事の大半は、ロボットに取って代わられています。

 

20年の間にロボット技術の進化はすさまじく、もはや人間の知識や判断能力が全く及ばない所まで到達しています。

 

感情認識のアルゴリズムも飛躍的な精密さを誇るようになり、またアンドロイドも精巧になり、人間と話したり触れあったりしているのか、それとも機械と話したり触れ合ったりしているのか、境界線がよくわからなくなっています。

 

生命体としての人間の最も本質的な営みである男女の愛の行為すらも、ロボットを相手にする産業が生まれてしまっています。生命の種の保存も、人間同士の肉体的な接触なしでも可能になっいます。

 

かたや、文明病に陥った人間は人との交流が煩わしく、遥かに進化してしまったロボットに比べ、人間という存在のそもそもの価値を喪失しています。

 

テロや紛争、戦争は相変わらず続き、世界中で終わることない憎しみの輪廻と支配の構造が硬直化しています。

 

少子化はとどまることなく、未来に希望も持てない高齢者の比率は増え、ロボットに比べて人との交流がそもそも面倒くさい心情が社会的に蔓延する中、恋愛や結婚も全くうまくいかずに渇ききっています。

 

そして社会を牽引する40代になった2055年には、もはやこの地球上に人間という生物種が存在する意義をどう見出せばいいのかよくわからなくなっています。

 

2015年からの40年の間に起こったITとロボットの進化により、既にロボットと人間の格差は比較する対象にもならないほどに大きく広がり、霊長類ヒト科の存在は、ロボットという、より高次の存在を無事にこの地球上に繁栄させたことが何よりも大きな役割だったと認識されています。

 

そして80年の人生を終える2095年には、人間などよりも遥かに高次元の情報と智慧と認識力、判断力を持ったロボットがこの地球上の秩序を統制し、その恩恵に預かって生きている霊長類ヒト科と、あいも変わらず大小さまざまな争いに明け暮れている進歩のないヒトの姿だけが残っています。

 

…と、浮かんでくるままにつらつら書いてみました。

 

もちろんこんな風に時代が展開していくわけではないでしょうし、観術が目指す人間開発の路線と生命文明の方向性は、全く異なる希望の未来像を描いて行きます。

 

しかし、たとえ上記のようなことが思いつくままの陳腐な未来像だったとしても、そこには今からの時代を生きる人間たちに求められる「変化の方向性」を深く問う必要のある、様々な課題が横たわっています。

 

国家百年の計と言いますが、国家の基盤は何よりもひとづくり、教育に他なりません。

 

21世紀初頭の現代の人間の精神状態、人間同士の関係性、科学の進歩、冷厳な国際情勢などがひとつの共通課題として今の時代に突きつけていることは、明白だと私は思います。

 

それは、今までの教育、今のままの教育では、どう考えても未来に希望は広がらず、人間の尊厳性が本当に危機にさらされ続けていくということです。

 

人間開発の時代、人間の再規定の時代、人間機能の進化の時代として、歴史上にない教育革命が、全世界的な課題となっているのです。

 

広義の意味での教育に志を持つ人々が、21世紀の終わりに人生の幕を閉じることになる子供たちの未来のために、大きく目を開き、大きな和の心で結ばれながら、時代を革新していかなければなりません。

 

認識技術•観術と認識OSは、そのための時代的必須ツールなのです。

 

 

明日に続く。

今日も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました! 

《お知らせ》第104回HITOTSU学公開講座「フランス革命と尊厳民主主義」第2回 - 観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-