観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

日本には「平和国家」としての次元上昇の道が必要

日本は戦後、「平和憲法」を持った「平和国家」として、軍事力を行使しないことを国の基本方針として70年間の歳月を過ごしてきました。

 

平和憲法」という名称自体にも、プラスの理想的なイメージを持つ人もいれば、アメリカの占領憲法でしかなく、実態は敗戦国、従属国日本のかりそめの「平和憲法」だろうという人もいます。

 

この観点の相違からくる議論を噛み合わせながら合意点をみつけのは丁寧なステップが必要ですが、前提の基準としては、日本が平和な国家として、また世界の平和に貢献できるのであれば、その意味での「平和国家」という立ち位置の価値は合意できると思います。

 

ただそのために、だから軍事力でもって平和を維持するのが現実的に必要だろう、という観点と、あくまでも軍事力の行使によらない平和の道を探すべきだろう、という観点の衝突がおきます。

 

ここでそもそも考えるべき本質的な問題は、なぜ人類社会に「平和」はもたらされないのかという点でしょう。

 

平和を求めるならば、

 

なぜ平和にならないのか、

平和にならない根本原因とは何なのか、

その根本原因はどうすれば解決できるのか、

そこでもたらされる真実の平和とは何なのか、

そこに向けてどんな具体的取り組みが必要なのか、

 

といったことの整理は必要不可欠だと思います。

 

21世紀、日本が「平和国家」としての道を歩むためには、今までの次元での「平和」ではなく、より深く本質的な次元での「平和」へのロードマップを明示することが求められるでしょう。

 

観術が今の日本社会に提案する「平和国家」への根本解決主義の道を、また明日書いてみたいと思います。