観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

無為の愛

前回のHITOSU学公開講座で、講師のNoh Jesuさんが「無為の愛」という言葉を使っていました。

 

私なりの理解も交えると、実は人間の愛は、自分の観点、判断基準に合った「自分の期待」を愛している、「有為の愛」であると。

 

だから「自分の期待」が満たされなかったり裏切られたりした時に、勝手に失望したり怒ったりする。

 

結果、自分も傷つくし、相手との関係性も傷つくし、相手も傷つく。

 

その原因こそが、自分勝手に「自分の期待」を愛している「有為の愛」。

 

であれば、当然それは条件づけられた範囲の中での自分のエゴの愛になるので、その愛がいくら広がっても、本当に時代や世の中全体のより良い変化にはつながりにくい。

 

それに対する無条件の愛、どんな条件でも変わらない愛、どんな条件でも愛する愛、それが「無為の愛」であると。

 

無為、という言葉は老荘思想の中にありますが、「無為の愛」という表現はNohさんのオリジナルです。

 

悟った上で、その悟りの心で現実、現象すらも大きく抱擁し、愛すること。

 

その先に見据えるのは、人間の尊厳性の美しさでしょう。

 

無為の愛」というものが世界に広まって行くように、明日も自分のやるべきことにしっかり向き合っていこうと思ったのでした。