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観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

外に向かう韓国、中へ入る日本。中へ中へと入って、どこへ行きたいの?

今日、日韓のことを考えてぼんやりと思った雑感。

 

日本の外に出て日本が観える。

よくある話です。

 

ここ数日は韓国にいるので、韓国を写し鏡にして対称的に日本を観ると、日本の良さ、日本の弱点、自分なりにいろいろよく観えるものがあります。

 

ひとつの大きな特徴は、シンボル的なエネルギーの観点ですが、日本人は中へ、中へと入るのに対して、韓国人は外へ、外へと向かうこと。

 

全部がそうだと言うことではないですが、例えば心の性質をみた時、日本人は人間関係で何かあった際、自分のせいだ、というふうに、自分側にバツをつける傾向のほうが強いと思います。

 

対して韓国は、相手のせいだ、というふうに、相手側に対してバツをつける傾向のほうが強いです。

 

個人差はもちろんあるにせよ、韓国のスタッフと話していても、全体的な傾向としてはそうだと思う、という点ではやっぱり一致。

 

それで、日本人に足りないなあと思うことのひとつ。

 

外に興味関心を広げて全体を観て、大きくビジョンに向かって外に向けて発信、前進する力の弱さです。

 

心が細かいので、中に、中にと入るのは大好き。

よく言えば職人気質で丁寧。

 

わるく言えば、どうでもいいことまで細かく細かく入り込んで、全体がよく見えなくなる。

そのうち、別にたいして問題でもないことまで心が入っていくので、エネルギーをかけなくてもいい問題を、あえて問題にしてしまう。

 

そして、余計な問題を存在させてしまうので、それを解決しようとする。

 

そんなことを繰り返しているうちに、どんどん細かく複雑に、そして非効率になっていく。

 

組織のシステムも、個人の心も同じこと。

 

自分の観点の中、そのさらに中、そのさらに中…。

 

それが最終的にキレイにゼロ化されればよいですが、そうでないなら複雑にして余計な考え感情のエネルギー浪費にもなりかねません。

 

そして、システムや仕事、考え感情の細分化、それをさらに細かく、そしてさらに細かく…。

 

結果的に、外の世界の動きや時代の流れ、時事問題に対して、何をどう考えればよいのか、全体を整理して考える習慣もなくなります。

 

例えば韓国の人は比較的政治の話が好きですが、日本人で日常的に政治の話をしたりする人はまれです。

 

そんなこんなしているうちに、社会全体、世界全体のシステムの下部構造におかれてしまう。

 

全体が見えないから、自分の生き方のコントロールすら、自分でよくわからなくなってしまう。

 

中へ中へと向かい、ビジョンに向かって希望が持てない島国日本の限界を突破するグローバル人材教育が、本当に必要だと思った日でした。

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