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観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

日本人の英語がさほど上達しない本質的な理由 

昨日からサンフランシスコに来ています。

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NRグループの事業展開の中で、将来的にNR AMERICAの本格稼働に向けての始動段階。

 

その担当をさせて頂いているのですが、私は日本の大学院を中退するまで日本の中で日本式の英語教育を受けていただけなので、今でも特別英語が出来るわけではありません。

 

会話はブロークン•イングリッシュだし、日常会話がまあ普通にできる程度。

10数年ぶりにしっかり英語に向き合わなければいけなくなっている状態なので、単語も文法、構文も忘れているし、ましてやライティングなんて、カンタンなメールくらい。

 

グローバル時代に向けて、日本でも英語教育が必須だ!と叫ばれて久しいです。

 

社内で英語を公用化する企業もあれば、なかなか日本社会としては定着しない側面も実情なのかなあと思います。

 

中学高校で、あんなに英語の授業があったのに…と、

日本人の無意識の英語コンプレックスは、おしなべてけっこう根深いと思います。

 

日本人が英語がなかなか話せない理由としてよくある声は、

 

受験英語が悪いのだ、とか、

文法が違うからだ、とか、

日本語は独特だからだ、とか、

語学は習慣化が命だけど、日本社会にいる分には全然必要じゃないからだ、とか。

 

いろいろあると思います。

 

実際、普通に生活して働いている分には、全然英語なんて必要じゃない人がほとんど。

私もその一人でした。

逆に、一生懸命に学び、また専門分野で、流暢に使いこなす人も当然たくさんいます。

 

今からは急速にAIが進化して、自動翻訳機も進化するから、それでいいんじゃない、という声もあるでしょう。

 

さて私のごく個人的な所感ですが、語学の向き不向きはあるにせよ、ある程度の会話レベルはネイティブなら子供でも、例え読み書きができない人でも出来るのだから、頭の善し悪しでもない氣もします。

 

日本人でも、英会話がそこそこ上手なレベルはたくさんいるでしょうけど、私が思うのは、そのもうひとつ上のレベルの英語表現力に到達するためのことです。

 

それで、最近韓国に行ったとき、観術講師の折笠さんと話していて、ああ、そういえば、日本人の英語がさほど上達しない本質的な理由のひとつは確かにそれかも、と思い出しました。

 

なにかというと、そもそも英語で発信したい「内容」を持っていない。

 

ということ。

 

また、英語で知りたい「内容」も特にないし、そこまでの意識も広がってない、というのもあるかもしれません。

 

逆に、もしなんとしてでも英語で伝えたい「内容」があれば、ヘタでも何でもおかまいなく、意志、情熱、想いを持って、必死に言語化しようとするもの。

 

例えば観術の創始者であるNoh Jesuさんは韓国人で、日本語を正式に学んでいないので今でも発音などが若干微妙だったりします。

 

けれど、基本的にそんなことは本人はそれほど意に介さず、自分の全てをかけて伝えたい「内容」「メッセージ」があるために、語彙力や表現力は、一般的な日本人のそれよりも遥かに高いレベルにあると思います。

 

日本語や英語に限らず、世界のどの言語も同じこと。

 

結局は、自分という存在が今この時代に生きていて、日々のいろいろな状況の中で、何を思い、どんな「内容」を発信したいのかがカラッポだったら、英語ではなくて日本語だとしても、結局そんなに表現力は上達しないのでしょう。

 

グローバル人材を育てたい、その為に英語が必要、と国をあげて取り組むのなら、

 

同時に、あなたはこのグローバル社会に対して、どんな「内容」「メッセージ」を発信、主張したいのか、という教育が必須だと思います。

 

そしてそれが、今の時代の中で、国家民族を越えて、多くの人に必要とされ、共感され、また共有されうる内容であること。

 

そのような、いわば全体的、普遍的な視野からの教育が、日本ではもっと活性化していったらいいなと思いました。

 

そういう意味では、NRグループが取り組んでいるユニバーサルリーダーシップの「内容」は、十二分に価値のあるものだと思っています。

 

それで、改めて我が身を省みて。

 

伝えたい「内容」と「メッセージ」はあふれるほどにあるのですが、英語力はまだまだこれからだな…。

 

千里の道も一歩から、と、思いを新たにした次第です。

www.nr-japan.co.jp