観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

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日本と韓国、異なる道を歩み始めた「戦後」の困難

この時期になると、戦争、そして敗戦のことが日本人の心に呼び起こされます。

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1945年8月15日の敗戦。

 

それまで日本領だった朝鮮、満州や台湾、また日本人が居留していたアジア各地の国々は、それぞれ異なる戦後の道を歩み始めました。

 

特に朝鮮半島は、その後激動の時代に入っていきます。

 

日本が正式に降伏文書に調印したのは1945年の9月2日。

そして、敗戦国として主権を奪われ、アメリカの占領下に置かれた6年8ヶ月。

 

日本が主権回復をしたのは、1952年の4月28日。

しかしこのとき、民間人を巻き込んでの最大の戦闘地だった沖縄は、主権回復の喜びから取り残されたままでした。

 

一方朝鮮半島は、日本の敗戦間際に一方的に不可侵条約を破って侵略してきたソ連戦勝国アメリカによって、南北が分断統治されました。

 

のち、韓国は1948年8月15日に独立。

そして北朝鮮は9月9日に独立。

 

そして1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発します。

実に500万人もの人々が命を落としたと言われるこの悲劇の戦争。

 

戦争開始後一年ほど絶って戦線が膠着状態に入り、それから二年後、1953年7月27日に休戦協定を結びました。

 

そして今現在も、軍事境界線をはさんで南北朝鮮の分断は固定化されたままです。

 

賛否はどうあれそれまで35年間ひとつの国だった日本と朝鮮が、戦後の7、8年で全く違う道を歩み、そして今に至ります。

 

また同時期アジア各国は、日本の敗戦後に再度進出してきた西洋諸国から次々と命がけの独立を果たしていきました。

 

数えきれない人々の、戦時中の困難と、戦後の困難。

 

いろんな想いが去来する、暑い暑い夏の日です。 

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