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観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

日本の課題、世界に通用する未来ビジョンと歴史観をどう作るのか

安保法制の議論や8月15日が近づく中、日本が世界に発信できる新たなビジョンや歴史観、世界観はどのように確立できるのだろうかという課題について、ここ数日頭が働いています。

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大局的に、そして本質的に考えた時、第二次大戦の戦勝国がリードした戦後の世界の枠組みの中で、「侵略国であり敗戦国」の日本の立場は、こと歴史認識という点については非常に弱いものです。

 

そこでは当然ながら、勝者の歴史認識が一般常識の基準となっています。

 

しかし日本にはペリー来航以降の近代国家の歩みの中で、日本の主義主張や大義名分も当然あったでしょう。

 

ですがその声は敗戦後の占領政策の中で巧妙に見事にかき消され、勝者の観点を基準とされました。

 

かといって日本の主義主張と大義名分をことさら広げて、説明や弁明、あるいは自己正当化をしたとしても、それは残念ながらアメリカ、中国、韓国はじめ、国際社会には到底受け入れられないものです。

 

なぜなら、日本は70年間、「侵略国であり敗戦国」だからです。

 

「罪を犯した敗者の弁」など、そう簡単に世界に通用するものにはなりえません。

 

戦後70年。この、厳しい現実。

 

アメリカに敗れ、占領統治され日本に主権がない状態で制定された「平和憲法」。

そして、まがりなりにも1952年に主権回復した時、「平和憲法」と表裏一体で日本の国是となった日米軍事同盟。

 

そもそも主権を喪失した占領下の憲法が、「国民主権」の原則に立脚した日本国民の意思による「立憲主義」の憲法たりえるのか。

 

そして世界最強の軍隊と、正当性の乏しい戦争を繰り返し続けるアメリカとの軍事同盟に依存したままの「平和憲法」が、真実に世界の平和構築の一般モデルたりえるのか。

 

また、そのアメリカの戦争の一方的正義に正面からNOを言えない戦後の日本の政治外交と精神性で、本当に日本の独立した意思決定による積極的平和主義と言えるのか。

 

さまざまな矛盾を抱えながら、結局のところ日本はいまだ、右から左までアメリカの枠の中です。

 

アメリカを越える日本をどう作るのか。

 

それも、ただの反米ではなく、アメリカが果たしてくれた役割、アメリカの若者が流した血と汗と涙、アメリカの尊厳も汲み取りながら。

 

そしてまた、中国、韓国と長期的に融和しながらも、単に「侵略国であり敗戦国」という卑屈な立場からの謝罪外交にならない日本のプライドをどう確立できるのか。

 

戦後70年、日本には、これまでの議論の枠を越えて、近代の歴史の歩みの意義も反省もすべてを包含できる、新たな未来ビジョンと歴史観が求められているのではないでしょうか。

 

この課題、雑感のレベルではなく、しっかりまとめてみたいと思います。

よろしれば、18日にお話させていただく下記の場でも、参加者のみなさんとも交流してみたいと思っていますので、ご興味ある方はいらしてください。

blog.kanjutsu.net