観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

AKB48のベストアルバム「0と1の間」言葉の意味と人工知能と人間の進化

11月18日に、AKBの4枚目のベストアルバム、「0と1の間」が出るそうです。

アルバムタイトルに興味津々の私。

ファンの方には失礼ながら、曲目はよくわかりませんが…。

 

なんでこんなタイトルにしたんだろうと思ったら、こういうことだそうです。

www.youtube.com

以下は、たいへん勝手な私の解釈。

観術講師として最初に観た時、瞬間的に「0と1の間(ま)」って読んじゃったんですね。

 

そして連想して思い出したこと二つ。

ひとつは、だいぶ前にふとブログに書いた、BUMP OF CHICKENの曲、「カルマ」。

その中の歌詞に、

知らなきゃいけない事は どうやら「1」と「0」の間

ってあるんです。

 

それでもうひとつは音楽とまったくもって関係ないんですが、2014年のHITOTSU学公開講座の「スマートライフ」を担当したときの、大阪大学石黒浩教授の言葉。

 

「人間の脳は、電気に換算すると1ワットしか食わない。でも、人間と同じような複雑な機能を持ったスーパーコンピューターは、5万ワットも使います。

根本的な違いは、人間のような生体がゆらぎ(ノイズ)を利用していること。分子から細胞まですべてがゆらいでいて、それを自然なままに利用している。

ゆらぐというのは、0か1かではなく、0.1もあれば0.01もあるということ。反対に、コンピュータは膨大なエネルギーを使ってノイズを抑え、0か1かの世界を作りだします。」

▶︎スマートライフスタイル : HITOTSU学公開講座

 

さてそれで、0と1の間には何があるのでしょう?

0.5もある。

その半分の0.25もある。

そのまた半分の0.125もある。

そしてそのまた半分の…。

分けて、分けて、分けて…。

どこまでもどこまでも、分けることができてしまいます。

 

これはゼノンのパラドックスの二分法的な考え方です。

人間は有限の数字を規定して、その部分だけを認識します。

0.5や0.25、そして0.125などのように、その数だけを固定して認識します。

 

しかしその数は無限に分けることが出来てしまうということは、0と1の間を構成する数字の実態としては、実はそこには無限が隠れている。

 

しかしまたそうなるとゼノンが言ったように、0と1の間にある無限の中で、どこまでいっても「0」から「1」という部分の有限の数に辿り着くことができなくなります。

 

部分の数字だけを存在させ、認識する、人間の数学。

これを石黒教授の言葉にからめて見れば、コンピュータの基本原理も同じこと。

コンピュータは0か1の世界だけを創り出し、その組み合わせによってプログラミングされます。

 

その原理に沿って最先端の人工知能、スーパーコンピューターも長足の進化を遂げている訳ですが、面白いのは、電気に換算すれば人間の脳は1ワット、対してスーパーコンピューターは5万ワット!も使う、ということ。

 

なんで人間の脳がそんなに優れた効率性を生み出しているのかというと、「ゆらぎ」を利用しているから、と。

 

分子から細胞まですべてがゆらいで、それを自然なままに利用している。

ゆらぐというのは、0か1かではなく、0.1もあれば0.01もあるということ。

と話されています。

 

ゆらぎそのものは、全体がひとつながりの動きであって、部分的な固定、規定ができない性質のものでしょう。

 

まさしく0.1もあれば0.01もある、0.001もある、0.0001もある、0.00001もある…。

部分の数としては規定できない「何か」が、無限にどこまでもある、のです。そしてそれが自発的に動き続けている。

 

じゃあ、0と1の間にある、この無限の「ゆらぎ」の正体とは一体何なの?

 

それこそが、私がついうっかり誤読してしまった、「間(ま)」の秘密です。

有るけど無い、無いけど有る、存在と存在の「間(ま)」。

 

無限の動きなんだけど、有限の固定を生み出すこともできる、「間(ま)」。

人口知能は0か1だけなんだけど、0にも1にも(部分)、0と1の間(全体)にも、全部に作用している、「間(ま)」。

 

人間の五感覚脳が映し出すホログラムの存在世界しか認識できない状態ではどこまで行っても良くわからないのだけど、脳の外に出て、ホログラムをゼロ化した時に観える自然界の裏の隠れた真実の構造と作動原理が見えた時、すべてが矛盾無くイメージができてしまいます。

 

「間(ま)」の秘密を定義し、論理とイメージで共有可能な認識技術•観術。

 

部分と全体がひとつ。

有限と無限がひとつ。

存在と動きがひとつ。

0と1がひとつ。

 

その「ひとつ」は一体何なのか?

科学者が探究し続け、覚者たちが到達したけど定義できなかった、その究極の「ひとつ」の世界。

どんな素材•構造で、どんな作動原理で、どんな意志を持って、無限の「ゆらぎ」を続けているのか。

 

「間(ま」)の精神性を持つ国、日本から、その答えが体系化された基軸教育が生まれているのは、偶然ではないかもしれません。

 

そして、とっても日本的なグループであるAKBが「0と1の間」を目指すのも。

 

そういえばアルバムのジャケットは、白と黒の対称性、右と左の対称性、上と下の対称性が綺麗に映えています。

その対称性の、「間(ま)」。

 

コンピューターにはできない、人間存在の見えない作動原理である「ゆらぎ」の秘密を知る意味。

それは、21世紀の人間開発、人間の進化の出発点、基準点になるものです。

 

観術、NRグループの挑戦、今年、来年、再来年と、加速して参ります。

HP、セミナー、研修、インターネット放送局、組織システム等々、日本、韓国、アメリカへ随時刷新中。

新しい時代が始まっています。

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