観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

囲碁とAIと観術 人口知能、人口汎用知能、人口超知能が到達できない世界 ②

昨日の続きです。

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ロボットAIが進化すればするほど、人間は深く本質的な問いに向き合わざるをえなくなります。

 

例えば、姿形は人間とそっくりなアンドロイドが出来る。

皮膚感などの質感や繊細さも、どんどん精巧になり、さほどの見分けがつかない。

 

自然言語でのコミュニケーションは、人との会話とほぼ同じ。

パターン認識による判断、意思決定は、人間の思考とほぼ同じ。

 

高度なアルゴリズムによって表現される喜怒哀楽は、人間の感情とほぼ同じ。

そして、自分の判断で意思決定し、実行するのは、人間の行動とほぼ同じ。

 

考え、感情、言葉、行動、対人関係、社会性、生産性。

 

そういったものを全部ひっくるめて、人間の「意識」活動、と言うとしたら、ではロボットは意識を持っているのか?

 

脳内で起こっている電気作用と、人工知能内で起こっている電気作用と、どこまでが同じで、どこが違うのか。

 

コンピュータ工学、脳のリバースエンジニアリング、あるいはマインドアップローディングの技術者など、さまざまな専門家の手によって、機械と人間の境界線という命題がどんどんホットイシュー化されている現代。

 

そして、デジタル空間上のクラウドでひとつにつながることができるAIが、デジタル空間レベルのワンネスを人類より先に得てしまうようになったら。

 

はたして、

人間とは、一体何なのか?

意識とは、一体何なのか?

思考とは、一体何なのか?

感情とは、一体何なのか?

 

人間の存在意義とは、一体何なのか?

人間の生産活動の意味とは、一体何なのか?

 

あるいは、人間がアンドロイドに恋愛感情を抱くようになったとしたら。

 

愛とは、一体何なのか?

 

セックスロボットまでが市販され、それが産業化までされるとしたら。

そしてもしも、人間が家畜を交配させるように、人工授精と機械的な生命維持、発展装置によって生命を操作できるようになったとしたら。

 

性とは、一体何なのか?

生命とは、一体何なのか?

 

ことは、もはや科学の範疇だけには収まりません。

思想、哲学、倫理、道徳、宗教、精神世界。

 

アルビン・トフラーが、21世紀の課題は「人間の再定義」と喝破したのは慧眼です。

 

体だけが自分、体だけが人間、と思っている、当たり前すぎる人類文明の常識。

それが、いやおうなく覆される時代。

しかも、精神世界の方面からだけでなく、科学とITの進化が突き付ける命題によって。

 

肉体というハードウエアをいかに進化させるのか。

意識の作動原理というソフトウエアをいかに進化させるのか。

 

「人間機能の開発」という深い本質の教育なくしては、未来の人間教育はもはや手の打ちようがなくなってくるでしょう。

 

そのための内容とビジョンを提案し続けている観術ですが、では、人工超知能ですら、原理的に絶対に到達できない世界とは。

 

それは、0と1、という二元の動きの因果を越える感覚。

どんな人工超知能であれ、0と1の動き、という根本の作動原理を越えることはできません。

 

0と1の動きを越えてしまったら、それは、あらゆるプログラムコードの根源がゼロ化されて、機動しなくなってしまうから。

 

0か1か、その因果のパターンを越えることができる人間の感覚の開発領域は、スピード0、スピード∞が「今ここ」にある世界。

 

五感覚の外、脳の観点の外にある、真実の感覚、第6感覚。

 

その世界を論理とイメージで共有可能な基準として、そこから、多種多様な教育や社会システムへの応用を形にしていきたい。

 

科学が悟る時代、

そして、悟りが科学化される時代。

 

それが社会の一般常識になるときが、「人間の再定義」が明確に完了し、未来文明が始動し始めるときになると思います。 

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