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観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

VR(Virtual Reality)と「胡蝶の夢」・「現実」が揺さぶられることの懸念と楽しみ

VRの一般化がどんどん進んでいます。

www.itmedia.co.jp

記事内ではVRの目標について、全く別の世界を再現すること、と規定しています。

 

そして、最終的には人間の五感覚と脳機能の感覚に働きかけて、別世界を体験できるようにすると。

 

VRの実用化によるいろんな可能性がある一方、拭いきれない本質的な懸念があります。

 

それは、現実とは何か、自分とは何かという、現実感覚の喪失と混乱、そしてアイデンティティの混乱と不安定化です。

 

例えばの話、VRを一日中つけていたとして、逆に一日のうち、VRなしの時間が数時間だったとします。

 

そうしたら、その日その人の人生の「現実空間」のほとんどは、VRの中。

 

ほんの数時間の現実空間と、VRの「現実空間」の行き来は、現実とは何か、ということの認識に、根底的な揺さぶりをかけるのではないでしょうか。

 

あたかも、荘子による「胡蝶の夢」の例えのように。

 

私が蝶になって夢をみていたのか、

蝶が私になって夢をみていたのか。

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私とは、現実とは、一体何なのか。

 

条件によって変化する現実の向こう側にある、「真実」への悟りの意味と必要性を示唆する、この荘子の例え。

まさしくVRの世界に類似していると思います。

 

そして2500年前の荘子が残した示唆通り、最終的には「真実」に到達することなしには、この命題の根本解決は絶対に不可能です。

 

科学の進化がつきつける、悟りが一般常識化されることの必要性。

 

そんな時代になっていることは間違い有りません。

 

そして、そんな時代を可能にする教育革命が既に完成していることも。

 

NRグループの提唱する世界と、時代の潮流とのクロッシングが起きる近未来が、ほんとに楽しみです。

blog.kanjutsu.net 

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