観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

ライフスタイルが価値になる時代

ライフスタイルが価値になる時代であること。

 

この問題、少し時間をかけて考えて、なにかしらまとめてみたいなと思います。

 

私達が生きている日常のライフスタイルの大前提。

自由主義、資本主義の日本社会にあって、知らず知らず無自覚のうちに共有されている大前提がいろいろあります。

 

それは、身の回りの現実的なインフラから、価値判断にいたるまで。

 

電気はいつもつくのが当たり前。

水はいつも蛇口から出て当たり前。

空気はとくに気にするほど汚れていなくて当たり前。

 

しかし当然ながら、時代によって、あるいは今現在も世界各地の地域によって、これは当たり前でもなんでもありません。

 

交通網や流通、ネットショッピングなど、便利であるべきことは当たり前。

 

無駄をはぶいて、効率的、合理的にものごとを進めるべきことは当たり前。

 

お金をいっぱいもうけて、思うように消費できるのが楽しいことは当たり前。

 

いいものをより安く、より早く、より多く手に入れたいのは当たり前。

 

そういったことのために、技術革新と経済成長は進み続けるべきことが当たり前。

 

背景に資本主義や市場主義、あるいは科学主義の働きが隠れている、こういった価値判断。

 

それはいったい、何のための価値判断でしょう。

 

人生をより豊かに、幸せに、快適にするため?

 

そうであるなら、この価値判断のもとで進歩し、高度に発展したこの文明社会で生きている人々は、豊かに、幸せに、快適なライフスタイルを手に入れているはず。

 

でも、本当にそのライフスタイルは「人生」の質を高めているのでしょうか。

「生きること」、という意味そのものの質を高めているのでしょうか。

人が思索し、創造し、出会い、交流し、夢を描き現実化する質を、高めているのでしょうか。

 

どうやらなにか疑問符をつけざるをえないでしょう。

 

だからスローライフロハスの傾向も広がってはいますが、ITやAIのとどまらない進化なども踏まえて、そこから更にもう一歩先が開けてこないといけないと思います。

 

「今まで」に感謝し、「今まで」を補う、あたらしいライフスタイル。

 

それがこれからの時代の生き方と経済活動の大きな価値になることは、間違いなさそうです。

blog.kanjutsu.net

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