観術総合研究所 - 代表・内海昭徳(うつみあきのり)-

ひとり一人の尊厳性と可能性が花開く、尊厳社会へ

大前提をゼロ化する思考方式の重要性

人間の思考には常に、全く無自覚の、隠れた大前提がいろいろあります。

f:id:ikr0817:20160328105847j:plain

当然こうあるべきだろう。

もちろん、これがベースになっている議論だろう。

 

当為論、因果論。

 

しかし時に、その大前提を疑って、ゼロ化してみる必要性があります。

 

なぜなら、その大前提が実は、間違っているかもしれないから。

なぜなら、その大前提が実は、既に思考の幅を制限しているから。

 

なぜなら、その大前提が実は、本当に正しく、望ましいものとは限らないから。

なぜなら、その大前提が実は、他の可能性に対する思考停止状態を生み出している可能性があるから。

 

なぜなら、その大前提が実は、人間や社会の限界を知らず知らずに規定しているから。

 

当然こうあるべきだろう、と思う。

 

じゃあ、その根拠は本当に説明できるの?

 

なんで、それが「当然」と思い込んでいるの?

 

いつから誰によって、あなたはそう思い込まされているの?

 

あなた自身の独立した意思決定で、それを思索、判断、選択しているの?

 

…どうなんでしょう。

 

当然、を疑うこと。

常識、を破壊すること。

 

大前提をゼロ化する思考方式こそが、創造性と革新性の源泉です。

 

それはもちろん、より素晴らしい未来への方向性のために。

 

情報知識が溢れ返って、なんとなく知っているつもり、当然そういうもの、という、根拠も思索もない思い込みが溢れ返る時代。

 

自分の認識する自分と自分の宇宙をパーフェクトにオールゼロ化すること。

 

それなしでいくら何を語っても、観点の摩擦がゼロ化できないこと。

 

結果的に、見解の相違で他者の批判に向かうこと。

そうして、まったく無自覚のうちに平和を破壊し、対立、闘争に転がり込んでいること。

 

この時代だからこそ改めて、大前提をゼロ化する思考方式の重要性を痛感します。

 

自分と自分の宇宙は実在しない。

それは、この時代を生きる人にとってとても意味のある、大切な基準点なのです。

blog.kanjutsu.net

blog.kanjutsu.net